「太陽の刻印~灰色のルチル~」
第一章 父からの贈り物
第一章 父からの贈り物(2)
ルチルことルチレイテッド=クォーツェンはこのラウリオン大陸随一の魔術大国セレン、ブルースピネルの街で暮らしている。
セレンは魔術大国の名を持つだけあって、大陸においては他に追随を許さぬくらいに魔術が発達している。セレンには王都の他に五大都市と呼ばれるものがあり、それぞれに特色があってなかなかに面白い。
ルチルの住むブルースピネルはセレンの王都ではないが五大都市の一つであり、王都に負けずなかなかに栄えている街だ。名に青という文字を持っていることからも分かるだろうが、巨大な港を持っている港町である。
五大都市の中で最も海洋貿易が盛んに行われており、海を隔てた国との交流が多い。そのため自国と異国の文化が混在し、様々な人やものが行き交う所でもある。
ルチルがここを選んだのは王都よりは身を潜めることが容易だと考えてのことだ。人の行き交いが多ければ、人一人が隠れるのは普通であれば確かに簡単だったろう。
が、ルチルの場合、その目論見はものの見事に崩れてしまっているのは言うまでもない。せめてもの救いは市場や中心地からは遠い街外れに店を構えていたことくらいか。
ルチルの店は街からはかなり外れた場所に建てらている。住居と兼用で使っているが、規模としては独り暮らしには少々広い程度の大きさである。
この場所にした理由としては街には有数の薬師がいることと、海に近い場所だと薬草畑を維持しにくいことがあるが、やはり人目を避けたかったことが一番に上げられる。
ルチルは前述したとおり魔術師を辞めている、正確に言うならば休業中となるわけだが。
確かに魔術師として修行もしてきており、また十分な能力も持っている。
だが、ある事件を境にそれを一切合切捨てようと決心したのだ。それを義母に話すも、けんもほろろに断られ、何とか休暇を取ることは許可されたものの、彼女の真の願いは叶わずじまいというわけである。
お陰様で毎日毎日、金にならない来客だけが大入りとなってる次第だ。
「お義母様は何を考えているのやら…」
思わずそう独りごちずにはいられない。
私としては静かに暮らしたいだけなんだが。
そう望むのが間違いだと言うことなのか。
まったくため息ばかりが増えていくのは困りものだ。
気を取り直して仕事をこなすと決め、ルチルは薬棚に向かう。
少ないとはいえ、薬師としてのルチルに仕事の依頼はきちんとある。街から遠いこともあり、薬師という存在は近所の人間にはとても有難いらしい。常連の客には胡散臭い連中がやって来るのが困りものとはよく言われるが、それについては愛想笑いで誤魔化すほかない。
仕事はきちんとこなさねばな。
ルチルはいつものように薬棚から手早く必要なものを取り出し、机の上に並べていく。
毎回頼まれるものは仕事としては些細だが、家庭には必要な薬ばかりだから手を抜くような真似は決してしない。悪辣な薬師だと結構雑多なことをするので間違った調合など多いらしい。
本来必要なものを入れなかったり、余分なものを入れてしまったりなどトラブルが絶えないと聞く。
それは薬を殺してしまうも同然だとルチルは思う。
薬は上手使えば役には立つが、間違えれば恐ろしい毒にもなる。
そんな当たり前の心構えを捨ててしまうような輩がいることがルチルの商売を難しくしている。
儲けるなとは言わないが、最低限のルールくらいは守れとルチルは思う。
尤も中途半端な立場の自分が何を言うとも魔導師たちと同じく薬師たちにも何も通じないのだが。
魔導師の称号を捨てられない薬師の立場は微妙極まりない。薬師にしてみれば魔導師は呪いで誤魔化す輩であり、魔導師にしてみれば魔導を極めることの学問の一つにすぎないものを生業としている連中だと馬鹿にしているのだ。まさに水と油、相容れない者同士である。
よってルチルのような曖昧な存在は両者から疎まれることとなる。
まったく魔導師にしろ、薬師にしろ、ルチルには面倒な相手であることは疑いない。
「さて、愚痴っていても仕事は終わらないからな」
そう言うと、ルチルは手早く仕事へと意識を移し、頼まれている薬を作り上げていく。
慎重に薬草などを計り、適量に調整していく過程は彼女にはことのほか楽しいので、手を抜く輩の行いは理解しがたい。
「ラブルさんの風邪薬っと」
出来上がった薬を薬瓶や袋に入れ、さらに薬の名前は勿論、依頼主の名前、それに作り主であるルチルの名前を書き記していく。宣伝の意味もあるが、何よりも仕事の責任を持つためにそうしている。
お陰様でルチルの店は少しずつではあるが、流行りつつある。一度買ってくれた客が戻って来てくれるのもあるし、またその客が宣伝してくれたりもある。少々愛想はないが、いい薬師だと。
風評と言うものは商売には大事なものだ。それによって商いの善し悪しが左右されることも少なくはない。
ルチルはこの土地に新しく移り住んだ者で、言わば余所者という位置にある。ブルースピネルは辺境の地ではないので、あからさまな差別はないが、それでもやはり余所から来たものが新しく商売をするとなればそれなりの障害はある。
例えば商売するための土地の取得、例えば顧客の獲得。
些細といえば些細、多大と言えば多大な悩みがどうしてもある。
それでもルチルは慣れ親しんだ土地ではなく、新しいこの場所で生業を興すことを選んだ。
何もかも捨て去って新しくやり直したかったのだ。
逃げと言わば言え、愚か者よと笑いたければ笑え。
何と言われようがそれが彼女の本音。
朝の騒動もどうやら片付いたらしい。扉の向こうが静かになっていた。
ガートルード、今日は早めに切り上げたか。
ホッとしながら薬の調合を続けた。
よく頼まれがちな薬を少し余分に作り、やって来た客が求める薬を手に入れられるようにと念入りに準備していく。
医師の処方箋を持っていればそれを基にするし、そうでなくても簡単に問診を行ってルチルは薬を調合する。
元魔導師と言うこともあってルチルは多少の医療知識は持ち合わせていることが薬師になるには幸いした。
お陰様で後発でありながら、それなりに稼ぎを得られるようになるまでと蓄えていた貯金を食い潰し切ることはなかった。
だがルチルはそれに関しては皮肉と思わないでもない。
結局、魔導師という枠からは外れてはいないのではないかと自問自答する。
ガートルードの言うとおり、スパッと捨てられればこれほど楽なこともあるまいに。
と同時に本当に他の生き方なぞ自分に出来るのだろうかとも思う。
それでもやってみるしかないのだ、納得するまで。
そう自分で決めたのだから。

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